音楽的要素
ほとんど両親が別居状態の中で、父親との会話もなく、父の素性を
知らなかったのも無理はないかも知れません。
アシュケナージ自身はロシア正教の洗礼を受けているし、ユダヤ的
な
ものとはまったく無関係に育ったため、大きくなって学校に行くよ
う
になってから、級友たちにからかわれて初めて自分の苗字がユダヤ
姓
であることを知って戸惑ったようです。
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アシュケナージ自身は「僕はロシア人という実感が強い」との言。
なんでも、お父さん自身あまりユダヤっぽくないし、ロシア化して
いたとも語っています。
今現在のアシュケナージの音楽は、間違いなくロシア的であるし、
どこにもユダヤ的要素は感じられません。
ところが、中央学校に行くようになると、音楽的に有能な生徒は
ユダヤ人が多かったとあります。ユダヤ人といっても、いわゆる
セファルディではなく、アシュケナージユダヤ人でしょう。
つまり、旧約聖書とは無関係の、カスピ海沿岸のハザール王国の
末裔であるトルコ系白人種のユダヤ人です。
ホロコーストによって大量に虐殺されたユダヤ人は、聖書に
登場してくるヘブライ人とは無関係の、アシュケナージユダヤ人
であることをご存知でしょうか?
アシュケナージユダヤ人たちはすべての分野で優れた能力を発揮し
それゆえに妬まれ、民族主義者からは敵とみなされ排除されてきた
のです。
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